『ゴッドファーザー』シリーズに見る「オレンジ」の符号:血塗られた運命の予兆
『ゴッドファーザー』シリーズにおける「オレンジ」の不穏な存在感
フランシス・フォード・コッポラ監督による映画史に残る傑作『ゴッドファーザー』シリーズは、イタリア系マフィアのファミリーを通して、権力、家族、裏切り、そして避けられない運命を描き出しています。この作品群には、単なる写実的な描写に留まらない、示唆に富む多くのシンボルやモチーフが意図的に配置されていることで知られています。その中でも特に、観る者に強い印象と不穏な予感を抱かせるのが「オレンジ」という果物です。
一見、色彩豊かなアクセントとして映るオレンジですが、シリーズを通してその登場シーンを注意深く追うと、ある特定のパターンが見えてきます。それは、オレンジが、死や暴力、あるいはその後に起こる悲劇的な出来事の予兆として現れることが多いという事実です。
オレンジが彩る、あるいは血塗るシーン
シリーズ第一作『ゴッドファーザー』において、オレンジの存在は特に顕著です。例えば、ドン・ヴィトー・コルレオーネが暗殺されかける直前、彼は果物屋でオレンジを選んでいます。無防備な日常の風景に溶け込むオレンジが、その直後の襲撃の衝撃を際立たせ、悲劇の始まりを静かに告げるかのように映し出されます。
また、裏切り者として知られるルカ・ブラージがタッタリア一家に殺害されるシーンでは、彼がバーで飲んでいるグラスの脇に置かれたオレンジが印象的に映し出されます。そして、ヴィトーを裏切ったソルロッソとタッタリアがマイケルと会合する際、テーブルの上に置かれた果物かごの中にも、やはりオレンジが見られます。この会合はマイケルが初めて殺人を犯すという、彼の運命を決定的に変える場面です。
シリーズ全体を通して、オレンジは権力者の食卓や、重要な駆け引きが行われる場、あるいは何らかの不幸が迫る瞬間にひっそりと、しかし確実に姿を現します。これらの描写は単なる偶然ではなく、意図的に配置された「符号」であると解釈することができます。
オレンジが象徴するもの:死、予兆、そして堕落
では、なぜオレンジなのでしょうか。オレンジが死や不吉な予兆を象徴する理由については、いくつかの解釈が考えられます。
まず、視覚的な要素として、オレンジの鮮やかな色は、その後に流される血の色と対比、あるいは暗示する効果を持つ可能性があります。また、オレンジは地中深くではなく、木の上に実ります。これは、地下に潜む犯罪組織の「地上」における活動や、表向きは洗練されたコルレオーネ一家の華やかさの裏に潜む危険を象徴しているのかもしれません。
さらに象徴的な側面から見ると、オレンジは豊かさや楽園、あるいは無邪気さを連想させる果物です。しかし、『ゴッドファーザー』の世界においては、そのような明るいイメージとは裏腹に、それが登場するたびに不吉な出来事が起こります。これは、コルレオーネ一家が築き上げた富や権力が、結局は暴力と死の上に成り立っていること、そして彼らが追う「アメリカン・ドリーム」が血塗られた現実によって汚されていることの皮肉な対比として機能していると考えられます。楽園(オレンジ)は常に堕落(死)と隣り合わせであるという示唆です。
また、古代ローマにおいては、オレンジの花が結婚式で使われるなど、純潔や繁栄の象徴でもありました。それが『ゴッドファーザー』の世界で死と結びつけられているのは、ファミリーが追求する「正当性」や「繁栄」が、常に暴力と切り離せない運命にあること、あるいは一家の血統にまつわる宿命的な悲劇を暗示しているとも読み取れます。
運命的な連鎖と符号
『ゴッドファーザー』シリーズにおけるオレンジの符号は、単一のシーンだけでなく、シリーズ全体の構造にも関わってきます。オレンジの登場は、登場人物たちがどれだけ抗おうとも、暴力と裏切りが渦巻く世界から逃れられない運命にあることを静かに示唆しています。それは、ヴィトーが襲撃され、マイケルがその跡を継いでより非情な道を歩むことになるという、コルレオーネ家の血塗られた運命の連鎖を象徴する視覚的なモチーフとして機能しているのです。
このように、『ゴッドファーザー』シリーズに散りばめられたオレンジは、単なる背景や小道具ではなく、物語の深層に流れる不穏な空気、迫りくる悲劇、そして登場人物たちが抗うことのできない血塗られた運命を静かに、しかし力強く予感させる符号であると言えるでしょう。これらの符号を読み解くことは、『ゴッドファーザー』という作品が描く世界の残酷さと、そこに生きる人々の悲劇性をより深く理解するための鍵となります。