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『ブレードランナー』シリーズに見る「目」の符号学:レプリカントと魂、そして運命の視点

Tags: ブレードランナー, 符号学, シンボル, 映画分析, 運命, SF

『ブレードランナー』シリーズにおける「目」の多層的な符号を読み解く

当サイト「符号コレクターズ」では、メディア作品に隠された運命的な符号やシンボルを深く読み解くことを目的としています。今回は、SF映画の金字塔として多くの考察を呼んできた『ブレードランナー』シリーズ、特にオリジナルである1982年版と続編『ブレードランナー 2049』に繰り返し登場する「目」という要素に焦点を当て、その多層的な符号学的意味合いを考察します。

『ブレードランナー』の世界は、人間と、人間に酷似しながらも寿命と記憶を操作された人造人間であるレプリカントが存在する近未来です。この世界において、「目」は単なる視覚器官に留まらず、作品の根幹に関わる様々なテーマの象徴として機能しています。

オープニングに示される「目」

リドリー・スコット監督によるオリジナル版『ブレードランナー』は、燃え盛る炎を映し出す巨大な瞳のクローズアップで幕を開けます。この強烈な視覚表現は、作品全体を通して「見ること」「見られること」「視点」が重要なモチーフであることを示唆しています。この「目」は、未来世界の全体を映し出す監視の視点、あるいはレプリカントの感情や魂の有無を問う視点など、様々な解釈を許容するアンビギュイティを持っています。この最初の「目」自体が、これから始まる物語の核心へと観客を誘う運命的な符号とも言えるでしょう。

ヴォイト=カンプフテストと「目」への反応

レプリカントを識別するための重要なツールとして登場するのが、感情反応テストである「ヴォイト=カンプフテスト」です。このテストでは、被験者に対して感情的な質問を投げかけ、その際の「目」の虹彩の微妙な動きや脈拍を測定することで、人間特有の共感能力があるか否かを判断します。ここで「目」は、人間性の有無、あるいは魂や感情の存在を測る「窓」として扱われます。レプリカントは、共感反応を示さない、あるいは人間が意図しない反応を示すことで識別されます。これは、「目」という物理的な器官が、存在の根源的な性質や運命を決定づける判断材料とされる、非常に象徴的なシーンです。

レプリカントの「光る目」

特に初期型のレプリカントであるネクサス6型は、特定の角度から光を当てると瞳が赤く光るという描写があります。これはレプリカントの非人間性や機械的な性質を示す視覚的な符号として機能していると同時に、彼らが「作られた存在」であり、人間とは異なる運命を背負っていることを強調しています。しかし、物語が進むにつれて、感情を持ち、記憶を育み、人間らしい行動をとるレプリカントたちの姿が描かれることで、この「光る目」が示す非人間性と、彼らが獲得していく人間性との間の葛藤や曖昧さが浮かび上がります。

デッカードのユニコーンの夢と「目」

デッカードが見るユニコーンの夢は、彼が人間かレプリカントかというシリーズ最大の謎に関わる重要な要素です。そして、デッカードが夢の中でユニコーンを見つめる「視点」そのものが、現実と夢、真実と虚構の境界線を曖昧にしています。この夢が、彼がレプリカントである証拠(インプラントされた記憶)であると解釈される場合、ユニコーンを「見る」という行為自体が、彼の運命やアイデンティティが操作されている可能性を示唆する符号となります。監督やバージョンによって解釈は異なりますが、「見る」行為とそれが示す現実、そしてそれが個の運命にどう関わるかというテーマが「目」を通して提示されています。

『ブレードランナー 2049』における「目」の継承

続編『ブレードランナー 2049』でも、「目」のモチーフは引き継がれています。ウォレス社の巨大な建物のデザインは、人間の「目」を模しているかのようです。ウォレスは盲目でありながら、ドローンのような「目」を通して世界を監視し、レプリカントの生殺与奪を握っています。これは、物理的な視覚に頼らずとも、テクノロジーによる監視と支配が可能になった社会、そしてその中でレプリカントたちの「運命」が決定される権力構造を象徴しています。

また、主人公Kが自身や他のレプリカントの「目」を通して見る世界、そして彼が探し求める「奇跡」に関連する記憶の中にも「目」が登場します。記憶が本物か偽物か、そしてそれが彼のアイデンティティと運命にどう関わるのかを追う過程で、「目」は再び真実や存在証明の符号として現れます。

符号としての「目」が問いかけるもの

『ブレードランナー』シリーズにおける「目」は、単なる生物学的な機能を超え、監視と支配、人間性の証明、記憶の真偽、そして存在の根源に関わる深遠なテーマの符号として機能しています。観客は、登場人物たちの「目」を通して世界を見つめ、同時に彼らが何を見ているのか、そしてその視点が彼らの運命にどう影響するのかを考察することを促されます。

これらの「目」に関する符号を読み解くことは、『ブレードランナー』シリーズが提示する「人間とは何か」「魂とは何か」「現実とは何か」といった問いに対する理解を深める鍵となります。偶然のような特定の「目」の描写が、登場人物の運命や物語の展開に必然性をもたらしているようにも見えます。

この作品における「目」の符号学的な考察は、観る者自身の「視点」についても問いかけます。私たちはこの世界をどのように「見て」いるのか、そしてその「見方」が私たちの現実認識や運命にどのような影響を与えているのか、作品は静かに示唆しているのではないでしょうか。

『ブレードランナー』シリーズに隠された「目」という符号は、観るたびに新たな発見と考察の余地を与えてくれます。ぜひ、作品をご覧になる際には、「目」の描写に注目してみてください。そこから、この物語の深層にある運命や真実が見えてくるかもしれません。